福島県二本松市あたりに古くから伝わる「安達ヶ原伝説」は、京の都から流れついてきた女が阿武隈川のほとりに住みつき、旅人を家に泊めてはその生き肝を奪うという怖いお話です。さて、ススキの穂が一面に広がる安達ヶ原に、秋の月が冴えわたるある夜のこと。諸国をめぐって修行を重ねている僧の阿闍梨祐慶と供が、行き暮れて女の家までたどり着き一夜の宿を頼みます。鬼女と恐れられるようになってもまだ人の心。僧と話すうちに、過ぎた歳月を悔やみ佛の縁にすがる思いが兆すのでした。僧たちをもてなすためにタキギ拾いに出かける女は、奥の一間を決して見てはならないときつく言いおいたのでしたが……。
「安達ヶ原伝説」を題材に、能の『安達ヶ原』(『黒塚』)があり、日本舞踊にも木村富子作、四世杵屋佐吉作曲、二代花柳壽輔振付による、いわゆる〈猿翁十種〉の『黒塚』があります。
二世花柳壽楽が振付したこの素踊りの『安達ヶ原』は、明治三年(一八七〇)に二世杵屋勝三郎作曲になるもので、詞章は多く能によっています。前シテの年老いた賤の女から一転して、後シテの怒りに満ちた鬼女へと、ほとんどゆるみなく進行し、シテとワキとのあいだに通う張りつめた緊張感。見る者の想像力をかき立てる素踊りならではの味わいと相まって、ドラマ性もゆたかで見所の多い作品です。